2026年地理総合、探究[第6問]解説

2026地理総合探究追試験

第6問 問1 解説

オセアニアとその周辺です。地殻変動と氷期の海面低下で、他地域と違う生物が残っています。図1は有袋類の生息域で、水深200mより浅い海域を大陸棚としています。NOAAの資料などにより作成されています。クマクスクス、キノボリカンガルー、タスマニアデビルと、文章ア〜ウの組合せです。

正解は③(クマクスクス=イ、キノボリカンガルー=ア、タスマニアデビル=ウ)

オーストラリアはゴンドワナ大陸の一部が、何億年も前に分かれた大陸です。有袋類はそのあと独自に分かれました。最終氷期(約1〜3万年前)は、ヨーロッパや北米が氷に覆われ、南半球でもニュージーランド南端や南米南端に氷河がありました。オーストラリア本体は氷床に覆われていませんが、海面は現在より100mほど低く、浅い大陸棚は陸地になっていました。日本と朝鮮半島、ユーラシアと北米(モンゴロイドがアメリカ先住民の祖先になった経路)がつながったのはこのためです。深い海はつながりません。

浅い海と深い海

オーストラリアとニューギニアの間のアラフラ海は浅い、と先に置きます。最終氷期には陸地で、動植物が行き来できました。マラッカ海峡も浅く、座礁しやすく航路が狭いです。ジャワ島の東がバリ島、その東のロンボク海峡は深く、オーストラリアからの鉄鉱石船・石炭船が通ります。西アジアのタンカーは距離の短いマラッカを使い、保険コストは高いままです。スラウェシ島の周辺も深く、最終氷期にも陸地になりませんでした。

ここがウォレス線です。アジア区とオーストラリア区で動植物が分かれます。赤道直下は無風帯で、空気も海流も南北が混ざりにくく、陸続きにもならなかったので、オーストラリアの固有種が残りました。

ア=キノボリカンガルー

急峻な山地のある変動帯で、氷期にはオーストラリアと地続き、がアです。ニューギニアはアルプス・ヒマラヤ造山帯側の変動帯で、アラフラ海が浅く、氷期は陸続きでした。生息域がニューギニア側にあるキノボリカンガルーがアです。

バリ島は火山島で砂浜海岸が広がり、港に向かなかったため、交易で入ったイスラームが届かずヒンドゥー教が残りました。東南アジアはもとヒンドゥーで、インドシナは仏教へ、アンコール・ワットもヒンドゥーの寺院から仏教の寺院になっています。島の形が複雑なスラウェシは、環太平洋造山帯とアルプス・ヒマラヤ造山帯の会合部です。

イ=クマクスクス

大陸棚より深い海で隔てられた変動帯の島嶼部で、オセアニア以外の哺乳類と近縁の固有種が多い、がイです。スラウェシは氷期も陸続きにならず、アジア側の島とは深い海で切れています。クマクスクスがイです。

ウ=タスマニアデビル

地殻変動の少ない安定地域で、かつてはオーストラリア大陸にもいた、がウです。オーストラリアは安定陸塊に古期造山帯が載る安定地域で、新期造山帯ではありません。変動帯は新期造山帯と、広がる境界の陸地(アフリカ大地溝帯、アイスランド)です。タスマニア島は大陸棚でオーストラリアとつながり、最終氷期には地続きでした。現在の生息がタスマニア島にあるタスマニアデビルがウです。大陸棚は水深200mまで、最終氷期に陸化したのはおよそ100mまで、とイメージを分けます。一致はしませんが、浅い、で足ります。

組合せ

①

②

③

④

⑤

⑥

クマクスクス

ア

ア

イ

イ

ウ

ウ

キノボリカンガルー

イ

ウ

ア

ウ

ア

イ

タスマニアデビル

ウ

イ

ウ

ア

イ

ア

答え ③

残す型

  1. アラフラ海は浅い。ニューギニアは氷期に陸続き。キノボリカンガルー=ア
  2. ロンボク海峡とスラウェシ周辺は深い。ウォレス線。クマクスクス=イ
  3. オーストラリアとタスマニアは安定地域。タスマニアデビル=ウ

 


 

第6問 問2 解説

オセアニアの気候は海洋の影響を強く受けます。図2のA〜Dは都市の位置、図3の①〜④はその雨温図です。気象庁の資料により作成されています。サモアとフィジーは首都の位置です。選ぶのはDです。内陸のオーストラリアは海洋の影響をほとんど受けません。

正解は④

最初に半球を分け、次に気温の年較差、最後に気温の高さです。年較差と緯度は基本的に比例しますが、海に囲まれると年較差は縮みます。

目安は、熱帯が5℃未満、温帯の海洋性が約10℃(沖縄)、東京が約20℃、北海道が約30℃です。中緯度で年較差が約10℃になるのは、サンフランシスコ、リスボン、ニュージーランドのような海洋性気候です。

③=A 北半球

③だけ7月の気温が上がっています。他は7月が下がる南半球です。Aは赤道より北なので、③がAです。年較差は大きくなく、温帯のなかで小さい型です。

①=B 熱帯

年較差は5℃もなく、気温は30℃近くです。完全な熱帯で、南半球なのでBです。①と③はどちらも年較差が約5℃ですが、③はすでに北半球で消えています。

②=C、④=D

残るCとDです。②は年較差が大きく夏が約25℃、④は年較差が小さく夏が約17℃です。7〜8℃の差は高原気候の差です。オーストラリアにそれだけの山地はなく、Cは平原の内陸です。④をCにすると、緯度が低い内陸の方が夏に涼しくなり、矛盾します。

ひっくり返すと揃います。②がCで、内陸なので年較差が大きく、夏も25℃まで上がります。④がDで、緯度は高いのに年較差が約10℃です。海洋性だからです。ニュージーランドは雪の降らない北海道、ではなく、夏も20℃に届きません。北海道は夏が20℃を超えて25℃近く、冬が−5℃ほどで年較差が約30℃です。赤道を挟んだ反対側でも、海洋性の有無で年較差は違います。降水量は見なくて足ります。

対応

雨温図

都市

読み

③

A

7月が暑い。北半球

①

B

年較差5℃未満、気温30℃近く。南半球の熱帯

②

C

夏約25℃、年較差大。内陸

④

D

夏約17℃、年較差約10℃。海洋性

答え ④

残す型

  1. 7月が暑ければ北半球。Aは③
  2. 年較差5℃未満は熱帯。南半球のBは①
  3. 夏の高さで切る。内陸のCが25℃、ニュージーランドのDが17℃。Dは④


 

第6問 問3 解説

オセアニアの食生活です。4か国の農作物の1人当たり年間消費量で、2022年、FAOSTATにより作成されています。人口の大きさは関係しません。食文化そのものです。FとGはサモアとニュージーランド、カ〜クは小麦、米、タロイモ類です。タロイモ類はキャッサバとヤムイモを含み、ジャガイモを含みません。サモアとタロイモ類の組合せを選びます。

正解は⑥(サモア=G、タロイモ類=ク)

カ=小麦、F=ニュージーランド

オーストラリアはカが大きく、クがゼロです。ヨーロッパ系が多数の移民国家で、先住のアボリジニは人口比では多くありません。南アフリカは少数のヨーロッパ系が多数のアフリカ系を差別していました。アパルトヘイトが終わると一人一票で、ネルソン・マンデラが大統領になり、ユニオンジャックの国旗も替わりました。オーストラリアは白豪主義がなくなってもヨーロッパ系が多数なので、首相はヨーロッパ系のままで、ユニオンジャックを入れた国旗も残っています。主食は小麦です。カが小麦です。

Fはオーストラリアに近く、カが大きく、キとクはほぼゼロです。ニュージーランドもマオリは先住民ですが少数で、多数はヨーロッパ系です。イギリス連邦で、元首はイギリス国王、首相はヨーロッパ系です。違いは公用語で、オーストラリアは英語のみ、ニュージーランドは英語とマオリ語です。食の形は同じなので、Fがニュージーランド、Gがサモアです。

ク=タロイモ類

オーストラリアでゼロ、ニュージーランドでもほぼゼロなのがクです。Gとフィジーでは80kgを超えます。太平洋の島で伝統的に食べられてきたイモで、小麦食の国ではほとんど口に入りません。キャッサバは南米原産で毒があり、加工してタピオカにします。ヤムイモとタロイモは太平洋側の作物です。クがタロイモ類です。

キは米です。オーストラリアとニュージーランドでも、イモよりは値があります。中国系やインド系の移民が増え、家庭で米を食べる食生活が少し広がっている、で矛盾しません。

組合せ

サモア

タロイモ類

①

F

カ

②

F

キ

③

F

ク

④

G

カ

⑤

G

キ

⑥

G

ク

答え ⑥

残す型

  1. オーストラリアで大きく、島で小さいのが小麦。カ
  2. オーストラリアでゼロ、サモアとフィジーで跳ねるのがタロイモ類。ク
  3. 小麦型がニュージーランド(F)、イモ型がサモア(G)

 

 


 

第6問 問4 解説

オセアニアと他地域の経済関係です。図5はオーストラリアの輸出入額の国別割合で、1965〜2023年、UN Comtradeにより作成されています。中国の数値に台湾、ホンコン、マカオは含みません。サ〜スは日本、イギリス、中国です。ニュージーランドとアメリカ合衆国は凡例に出ています。

正解は③(日本=シ、イギリス=サ、中国=ス)

左側がオーストラリアの輸出、右側が輸入です。輸出は相手国から見れば輸入です。

サ=イギリス

1965年に高く、1970年代にがくっと落ちます。1970年前後の白豪主義の撤廃で、アジアへの扉が開いた、と置きます。それ以前はヨーロッパとの関係が中心でした。産業革命以降、羊毛の需要が増え、オーストラリアでメリノ種を企業的に牧畜して送りました。当時はイギリス領なので、輸出というより本国向けです。肉用牛は冷凍船が就航してからで、羊毛が先です。

シ=日本

1970年代に輸出側で跳ねます。高度経済成長期の鉄鉱石と石炭です。1960年代から70年代前半に、日本では石油化学コンビナートと製鉄所が並び、原油の輸入割合も高かった、という別の問題と重なります。白豪主義の撤廃と同じ時期に、資源の送り先がイギリスから日本へ移った、と読みます。

日本全体の貿易は、東日本大震災までは黒字、その後は発電用の天然ガスで輸入が増え、黒字と赤字が近づきました。国別では、資源を持つオーストラリア、OPEC、それに中国に対して輸入超過です。グラフでも、左側(オーストラリアの輸出=日本の輸入)の方が右側より厚い、と確認します。

ス=中国

1980年にはほぼゼロです。中国が世界の貿易で力を増すのは2000年以降で、2005年あたりから伸び、現在は鉄鉱石も石炭も中国向けが多くなっています。アメリカは資源国なので、オーストラリアからの資源はもともと大きくありません。輸入側ではアメリカの割合が相対的に厚く、オーストラリア相手ではアメリカの黒字に見える、という読みもできます。輸出額と輸入額の実数はグラフにないので、計算はできません。

組合せ

日本

イギリス

中国

①

サ

シ

ス

②

サ

ス

シ

③

シ

サ

ス

④

シ

ス

サ

⑤

ス

サ

シ

⑥

ス

シ

サ

答え ③

残す型

  1. 1970年代に落ちるのがイギリス。羊毛と白豪主義の前
  2. 1970年代に跳ねるのが日本。鉄鉱石と石炭
  3. 2000年以降に伸びるのが中国。1980年はほぼゼロ

 


 

第6問 問5 解説

オーストラリアへの新規流入移民です。2011〜2015年に入国し、2016年時点で在学中でない15〜44歳、労働者中心です。中国の数値に台湾、ホンコン、マカオは含みません。調査年次は2016年、花岡(2020)により作成されています。タとチはイギリスと中国、空欄×は都心周辺と郊外です。五大都市はアデレード、シドニー、パース、ブリスベン、メルボルンです。

正解は③(イギリス=チ、×=都心周辺)

白豪主義の前はヨーロッパが中心で、その後はインドシナ、中国、インドが増えています。今回の表はイギリスと中国の比較です。

チ=イギリス

五大都市の割合で形が分かれます。タは92.3%で、ベトナム89.7%、インド88.6%に近いです。チは84.8%で、ニュージーランド84.1%とほぼ同じです。

タは発展途上地域の中国です。GNIの総額は大きくても、1人当たりGNIは低く、インドやベトナムと共通します。非英語圏からの移民は、雇用機会と同郷のつながりで特定地域に定着し、五大都市に集まります。低所得で仕事を求めて来るので、都心の空き家や家賃の安い場所に住みます。

チは1人当たりGNIの高い先進地域で、ニュージーランドと同じ側です。ヨーロッパ系なので、都市の内部に住む必要はなく、五大都市以外も15%を超えます。イギリスがチです。

×=都心周辺

先進国のスラムは旧市街地の都心周辺、発展途上地域のスラムは都市の外側、が型です。スラムは不良住宅地区で、家のないホームレスとは違います。日本は公式にはスラムがないことになっていますが、大阪のあいりん地区はそのイメージです。

高層ビルは旧市街地の一部を再開発した区画です。新宿と同じで、街自体は古く、ビルの周りに昔の街が残ります。インフラが老朽化して住みにくくなり、富裕層は郊外の一戸建てへ出ます。空いた都心周辺に、移民や社会的地位の低い人々が入る、が先進国の型です。

アジア系移民は19世紀、白豪主義の頃から鉱山労働などで来ていました。シドニーやメルボルンのチャイナタウン、インド人街、ベトナム人街は、その初期の集住地が観光地になったものです。本当の都心は高層ビルで、その周りが旧市街のスラムです。×は都心周辺です。

例外はあります。シリコンバレーのインド人・中国人技術者は郊外の邸宅に住み、アメリカのヒスパニックは農業地域にも多いです。それでも都心にいないわけではありません。

組合せ

イギリス

×

①

タ

都心周辺

②

タ

郊外

③

チ

都心周辺

④

チ

郊外

答え ③

残す型

  1. 五大都市に9割集まるのが中国。ベトナム・インドと同じ。タ
  2. ニュージーランドに近い84%がイギリス。チ
  3. 先進国のアジア系集住地は都心周辺。チャイナタウンは旧市街のスラムが観光地になったもの

 

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