2016年度地理B追試験[第5問]解説

たつじんオリジナル解説[2016年度地理B追試験]第5問                    

<第5問・問1>

[ファースト・インプレッション] 何ちゅう大問や!?本試験ではインドと南アフリカの対比っていうやつだったけれど、追試ではこんな感じ?

前年までと形式をガラっと変えてきたのだが、内容的にはどうだろう?

とりあえず最初の問題は気候グラフだけれども、第1問問3、第4問問1にも同様の問題が取り上げられている。ちょっと類似パターンが多いんじゃないか。

[解法] 意外と難しい。こうした問題は気温から考えるのが基本。

気温だけからグラフを判定すると、アとウが類似し、イだけ極端に違う。冬の平均気温がマイナス10度だなんて!?これって、日本なら北海道の内陸部や北部の気温なんだわ。

A〜Cの中で、冬の平均気温がマイナス10度になる可能性がある地点を考える。最も北はアだが、ここは標高が低い。イとウはそれぞれ標高が1700メートルを超えているが、気温は標高100メートルごとに0.6度ずつ逓減(ていげん。だんだんと変化する)するのだから、1700メートルならば標高0メートルの地点より全体として10度程度低いということ。どうなんだろう?

まず、Aで1月の気温がマイナス10度にまで下がるかどうかを考えてみる。トルコは緯度的には日本の本州や九州と同じぐらい(第1問に世界全図があるので、トルコと日本の緯度を確認してみるといい)。本州や九州の低地で1月平均気温がマイナスになりえるだろうか?いや、それはない。例えば東京で1月平均気温は5度である。

これに対し、Bはどうだろう。Aよりやや南にあるが、さほど離れているわけでもない。標高は1700mを超え、海面(0m)より10度ほど全体的に寒冷となる。イのグラフで、全体を10度上げてみるとどうだろうか。冬の平均気温は0度程度であり、夏は30度近くに達する。夏の気温が高すぎるような気もするが(東京の7月の平均気温は25度)、内陸部であればこれぐらいの気温上昇はありえるのかもしれない。大陸性気候であり、夏はより暑く、冬はより寒くなる。これに加え、標高による気温の逓減をマイナスする。なるほど、決して無理のある数字ではないと思う。イをBとする。

一方、Cであるが緯度的にはかなり南。日本付近に当てはめてみると(ここも第1問の世界地図を参照しよう)、南西諸島や台湾付近に該当する。なお、那覇(沖縄)の1月の平均気温は15度。標高1700mで、10度をマイナスして5度。なるほど、沖縄がこの緯度帯のスタンダードだとすると、Cで1月が5度っていうのは、一応つじつまは合うんやな。夏の気温が異常に高いのだが、これについては内陸部なので夏に極端に暑くなることを考えれば、納得の範囲ではある。アがC。

残ったウがAとなるはずなのだが、どうだろうか。緯度的には西日本や九州と同じ。最暖月が25度、最寒月が5度というのはちょうど東京と同じなので、そこは納得できる。また沿岸部に位置するため、他の2地点ほどは気温の寒暖差がない(大陸性気候と海洋性気候の違い)。これも妥当。うん、いいんじゃないかな。正解は⑥です。

[アフターアクション] 外見とは裏腹に、ひたすら頭を使う気候判定問題でした。とにかく、日本の気候(札幌;最暖月25度、最寒月マイナス5度、東京;最暖月25度、最寒月5度、那覇;最暖月25度、最寒月15度)を頭に入れて、それと対比させながら解くクセをつけておこう。単なる暑い、寒いでななく、具体的な温度に注目すること。さらに今回はあえて降水量には注目しませんでしたが、気温だけで判定できるならばその方がいいよ。確実。降水量はあてにならない。

<第5問問2>

[ファースト・インプレッション] ずいぶんとベタな民族と宗教の問題。でもこれが結構(かなり?)難しいんだわ。

[解法] 民族と宗教に関する文章正誤問題。結構細かいところまで問われていて、難しい。

①;イランは「ペルシャ」民族である。アラブはイラクやサウジアラビア、エジプトなどが該当し、イランとは異なる民族(言語)系統。誤文である。「アラビア語」を「ペルシャ語」に改める。

②;これ、難しいな、っていうか、知らんとあかんのか?イスラム教の多数派は「スンナ」派だが、イランやイラクでは少数派の「シーア」派が政権を担当している。なお、イランの正式名称は「イラン=イスラム共和国」。アラブの国の多くが専制君主制(つまり王様がいるっていうパターンね)であるのに対し、イランは共和制の国なのです。国王を追放し、イスラム政党によって政治が行なわれている。

③;トルコは穏健なイスラム国で(そもそもイスラム教は穏健な宗教なのだ)、政教分離が徹底している。「イスラーム主義政党」が力を持っていることはない。たとえば、トルコはイスラム教徒が多数を占める国としては例外的に、死刑制度がない国である。キリスト教であるヨーロッパ諸国にならったものである。

④;そんなトルコであるが、トルコがEUに加盟できない最大の要因とされているのが「クルド人」問題。クルド人は、トルコ東部の山岳地域から国境を越えて、イランやイラクに及ぶ地域に住む人々であり、かつて歴史上、たったの一回も自分の民族による国を持ったことがない国(2000年間、自民族の国を持ち続けている日本とは正反対!)。クルド人は自治権の拡大や将来的な独立を求めて、周辺国へと働きかけているのだが、その目標は達せていない。トルコ国内においても、クルド人のことを「山岳トルコ人」と呼んで、その存在を否定している。

[アフターアクション] 一応、過去に「トルコ=政教分離」とか「イラン=シーア派」とか出題はされているんだけどね、でも難しいわ。とにかく、頻出ネタとして「クルド人」だけ知っておいて。自分の民族の国を持ったことがないという「悲劇の民族」なのです。そして、他民族に支配されたことのない日本民族とは、極めて対称的なのです。

<第5問・問3>

[ファースト・インプレッション] なんだか強引な問題だな。この追試って、全体的に問題の質が低いように思うのだが、この問題なんか典型的でしょ。

[解法] 「全従業者に占める女性の割合」は一般的に南アジアや西アジア、北アフリカで低くなっており、とくに伝統的なイスラム地域ではその傾向が顕著(*)。この点ではトルコもイランも同様のイスラム国家であるが、しかしその立場はやや異なる。問2が参考になるが、イランはイスラム政党が中心となった「イスラム共和国」であるのに対し、トルコはあくまで「正教分離」として、イスラム教が社会に与える影響はやや薄い。トルコにおいては女性の社会的な立場も十分に尊重されているだろうし、「全従業者に占める女性の割合」はトルコの方が高いと考える。なお、女性が教育を受ける権利を強く訴え、ノーベル平和賞を受賞したマララさんはイランの隣国パキスタンの人。

さらに「年間水使用量に占める農業用水の割合」だが。例えば米作国においてはこの値は高くなる。米の栽培のためには多くの水が必要となるからだ。しかし、トルコもイランも米作国ではない。小麦(イランは小麦の原産地に接する)やトウモロコシが主なのではないか。

よって、別のアプローチが必要となる。農業用水に対する語として考えらえるのは「生活用水」と「工業用水」。「農業用水+生活用水+工業用水=100%」と考えるといいだろう。生活用水については、いずれも人口はそれなりに大きな国であろうし、あまり差はないように思われる。では工業用水はどうだろうか。1人当たりGNIも10000ドル近くに達し、工業化が進むトルコ(貿易統計の輸出品目を調べてみるといい。トルコの主要輸出品目は、機械類、衣類、自動車、鉄鋼などの工業製品)においてこそ、工業用水の利用割合は高いのではないか。イランはOPECに加盟する産油国であり、主な輸出品目は原油である。「年間使用量に占める農業用水の割合」は、工業がさかんなトルコで低く、イランで高いと考える。

(*)ただし、勘違いしないで欲しいのだが、イスラム教そのものに女性を差別する思考はない。一夫多妻にしても、戦争未亡人の救済が目的であり、むしろ女性に対し優しい宗教である。この「イスラム地域」が、イスラム教成立以前に極端な女性差別社会であったものを、イスラム教の思想によって女性の地位を尊重しようとしている。しかし、実際にはそうなっていないんは、いかにこの地域の女性に対する差別感情が根強いか(そして宗教を超えているか)ということ。

[アフターアクション]あまりいい問題ではないなぁ。今後の参考にはしんくいと思う。とりあえず、トルコとイランの貿易品目でも統計要覧で確認しといて。実は工業バリバリ盛んなトルコっていう。

<第5問・問4>

[ファースト・インプレッション] なんや、1人当たりGNIやん(笑)

[解法]問3ですでに説明している。③が誤りですね。なお、1人当たりGNIと1人当たりGDPは同じです。

[アフターアクション] なんだかネタが重なってるよね。トルコとイランの1人当たりGNIは確認しておこう。

<第5問・問5>

[ファースト・インプレッション]激震!!!うわー、こんな問題が登場している!そうかっ、この問題をやりたかったら、イランをテーマにした大問を作ったのか!すごい、これは大傑作じゃないか!

[解法] イランと日本との関係が問われている。まず、下の問題を解いてみよう。

次の表1は、輸出額からみた輸出先上位4か国および1人当たりGDPを国別に示したものであり、ア~ウは、イラン、サウジアラビア、トルコのいずれかである。表1中のア~ウと国名との正しい組合せを、下の①~⑥のうちから一つ選べ。

輸出先第1位アメリカ合衆国日本ドイツ

第2位日本中国イギリス

第3位韓国イタリアアメリカ合衆国

第4位インド韓国イタリア

1人当たりGDP(ドル)1106523624289

統計年次は2004年。ジェトロの資料により作成。

イランサウジアラビアトルコ

イラントルコサウジアラビア

サウジアラビアイラントルコ

サウジアラビアトルコイラン

トルコイランサウジアラビア

トルコサウジアラビアイラン

正解は③。1人当たりGNIの高低(サウジアラビア>トルコ>イラン)がポイントになっているんだが、もちろん貿易相手国も重要。サウジアラビアはアメリカ合衆国の影響がとくに強い国で、輸出量も多い。日本も主な輸出先の一つ。トルコは、経済的にはヨーロッパの一員とみなすべきで、EUの盟主であるドイツが最大の貿易相手。ここで注目はイラン。1970年代のイラン革命、1980年代のイラン・イラク戦争など、西洋社会からみると「ちょっと厄介な国」の印象があるかもしれないけれど、実は経済的には日本とは近しい関係にあるのだ。日本の最大の原油輸入先はサウジアラビア、次いでアラブ首長国連邦であるが、3位がイランとなっている。イランからみると、日本が最大の輸出相手国となっている。日本とイランとの関係、非常に強く結びつきがあるのだ。

さらに以下の問題もどうぞ。ページの都合で図は省略してあります。

石油は現在最も重要なエネルギー資源である。次の図1(省略)は、アメリカ合衆国、イギリス、イラン、ロシアの原油生産量の推移を示したものである。図1から読み取れることがらとその背景について述べた文として下線部が適当でないものを、下の①~④のうちから一つ選べ。

① アメリカ合衆国では1980年代後半から生産量の減少傾向が続いているが、これは原子力エネルギーへの依存度が高まったためである。

② イギリスでは1976年以降の10年間で生産量が増加しているが、これは北海の海底油田の開発に成功したためである。

③ イランでは生産量が1978年を境に減少しているが、これはイラン革命により外国資本の撤退などの混乱が生じたためである。

④ ロシアでは1989年から1995年に生産量が大きく減少しているが、これは政治体制と経済の混乱の影響を受けたためである。

正解は①。欧米はどこも原子力発電の開発については消極的。アメリカ合衆国も1970年代後半のスリーマイル島の原子力事故を受けて、1980年代以降は新規の原子力発電所についてはほとんど計画されていない。

注目するべきは③なのだが、イランの原油産出量は1970年代後半に一度大きく落ち込んでいる。これはイラン革命によるもの。

実はイランの油田については、開発を進めたのはアメリカ合衆国。当時のイラン国王と結びついて、イランの原油生産を独占していたのだ。これに苛立ちをみせたのが、イランの国民たち。革命によって国王を追放し、「イスラム共和国」を成立させた。国王失脚後はアメリカ合衆国もイランにおける権益を失い、撤退。油田はイスラム政府によって国有化された。

原油産出量は1980年代以降は回復し、そしてその原油の多くは日本へと輸出されていた、という経緯があるのだ。

このことをふまえて、問題を見ていこう。

まずトルコがわかりやすいと思う。経済的には「ヨーロッパの一員」なのだ。ヨーロッパとの貿易が主となっているキが「トルコの2000年」。オープンとなっている「トルコの2011年」と大きな違いはない。あえていえば、2011年はイラクに対する輸出量が増加しているが、欧米に支援された新政権が誕生し、トルコからもイラクは経済的に交流する対象となったということだろう。国境も接しているしね。

残ったカとクがイランの輸出先だが、日本の値が大きいクが「イランの2000年」で、日本が消えているカが「イランの2011年」。イラン革命後の油田国有化に業を煮やしたアメリカ合衆国はイランに対し経済制裁を加える。イランとアメリカ合衆国との間の貿易関係は「ない」。それに対し、親米国家であるが、同時に親イラン国家でもある日本は多くの原油を輸入し、最大の貿易相手国となっていた。

しかし、2000年代にはイランの核開発の問題が生じる。以下にその状況を説明するので、簡単に読み流してください。出典は「データブック オブ・ザ・ワールド」になります。

05年6月大統領選の決戦投票で保守強硬派の前テヘラン市長のアフマディネジャド氏(非聖職者)が当選。

06年2月ウラン濃縮活動を再開。国連安保理は制裁措置を含む決議を採択。

09年6月大統領選挙が実施されアフマディネジャド大統領が再選。

10年2月20%の高濃縮ウランの製造に着手。

6月安保理は4回目の追加制裁決議を採択。

11年12月アメリカはイランに対する制裁強化法案を成立させた。

12年1月EUもイラン原油禁輸を決定。

3月総選挙で保守派内の反大統領派が圧勝。

13年6月大統領選で穏健派のロウハニ公益評議会戦略研究所長が当選(8月就任)。新政権は核問題で欧米と協議を開始。

13年11月「第1段階」合意を経て、14年1月20%濃色ウランの製造凍結に対して、EUは制裁の一部を停止、またアメリカも制裁緩和手続きに着手した。

15年7月米欧6か国と核協議が最終合意。

とりあえず、この10年間のイランと欧米との関係はまさに核を巡る綱引きだったわけだ。なお、濃縮ウランとは原子力発電のエネルギーになるものだが、発電の過程を経て、プルトニウムが抽出できるので、実際には核兵器の原料と考えていい。ちなみに、西アジアでアメリカ合衆国が支援する国はユダヤ人国家のイスラエルであるが、ペルシャ人国家のイランはイスラエルの「存在を認めていない」。イスラエルはじめ、インド、パキスタン、カザフスタンなどイラン周辺諸国はすべて核保有国である。

[アフターアクション] 濃い問題だとは思うよ。この問題を出したかったから、出題者はあえてイラン地誌というマイナージャンルを大問に仕立ててきたんだろうね。かつてイランによって日本は最大の原油の輸出先だった。それが、欧米(というかアメリカ合衆国)とのトラブルが顕在化すると、手のひらをひっくり返すかのように、イランと「断交」する日本。欧米とイランとの調整役として振る舞うべきと思うし、あるいは漁夫の利を狙って(例えば、イランからの原油輸入を独占するなどして)うまく立ち回るべきとも思う。日本の国際的な立場の弱さが出た、イラン問題である。