たつじんオリジナル解説【1996年度地理本試験】

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たつじんオリジナル解説【1996年度地理本試験】                  

<第1問;気候>

問1 正解は4。

南緯50度付近において卓越するのは「偏西風」。図をみても西風(西から吹く風)であることが確認できる。「貿易風」は緯度10〜20度の低緯度において卓越する風。図でも赤道から南緯20度付近では、高気圧から反時計回りの方向に吹き出す東風がみられる。

1;北アメリカ大陸やシベリアに高気圧、北大西洋やオホーツク海に低気圧。冬は、内陸部において極端な寒冷となり大気が収縮、高気圧が発生。一方、海上ではさほど気温は低下せず、大陸上の空気に比べ気温が高く、低気圧となる。

2;オーストラリア北部の低気圧がわかりやすい。これは「熱帯収束帯(赤道低圧帯)」の一部。両半球から風が集まっている。まさに「収束」しているのだ。

3;南緯30度付近に4つ並んでいる高気圧に注目。(やや誤差もあるが)低緯度方向に向かって東寄りの風(貿易風)が、高緯度方向に向かって西よりの風(偏西風)が、それぞれ吹き出している。

問2 正解は3。

図をみると、ウの地域は内陸部から風が吹き出している。内陸部の空気は水分が少なく、この風が卓越する時期は少雨となる。南アジアはモンスーンの影響が強い地域であり、夏(7月を中心とした時期)には海洋からの南西季節風のため多雨(雨季)となり、冬(1月を中心とした時期)には大陸内部からの北東季節風によって少雨(乾季)となる。その最も極端な地域として、ウのインド半島西部があり、ムンバイが代表的な都市である。

アの地中海沿岸は、夏(7月を中心とした時期)は低緯度側から張り出す高気圧の影響で少雨となるが、冬(1月を中心とした時期)は偏西風帯に入り、低気圧や前線(寒帯前線)の影響で一定の降水がある。

イとエの南半球の低緯度地域は、

問3 正解は1。

1月は北半球の冬。シベリア内陸部の空気は強く冷やされることで収縮し、巨大名高気圧が発生(図1参照)。大陸部においてはほとんど雲ができず、晴天の日が続く。この高気圧から太平洋方向に風が吹き出すことで、北西季節風が日本付近では卓越する。日本海上空に雲が生じ、とくに日本列島の日本海側では分厚い雪雲が形成される。①が正解。

なお日本列島の太平側にみられる筋状の雲については考慮する必要はない。南部に西南西から東北東へと向かう帯上の雲があるが、これは南下した寒帯前線であり、こちらについても無視していい。最大のポイントは大陸内部に雲がほとんどみられないこと。シベリア高気圧である。

②は太平洋高気圧に覆われた盛夏期。南の雲の帯は熱帯収束帯。③は初夏の梅雨前線。北側に寒気団であるオホーツク気団、南側に暖気団である小笠原気団。④は夏の終わり。台風(熱帯低気圧)が巨大化している。台風は、日本南方の海上の水温が高い(27℃以上)となる盛夏期から秋にかけての時期に発生頻度が高い。

問4 正解は②。

省略されている文章は以下の通り。

1月6日−朝起きて、いつものように、食堂まで暗いなかを歩いて朝食をとりに行く。あいかわらず濃い霧で、視界は10メートルぐらいであった。そのとき私は、気温が前日より相当下がっているように感じられた。凍てついた外気に直接さらされているという顔の皮膚の感触が、いつもと違っているのである。

氷点下62.8度という、今度の「寒極旅行」の期間を通じての、最低気温を経験したのは、この食堂を出たあとの午前11時過ぎのことであった。

(岡田安彦の著書より抜粋、一部改変。)

まず④は除外される。「暗い」と文章中にあるが、1月は南極では白夜であり常に明るい。

さらに③も外していいだろう。「氷点下62.8℃」とある。標高による気温の逓減率は、高度差100mごとに0.55℃。つまり「標高4000m」であるヒマラヤの高山では低地より気温が「22℃」低いわけだ。バングラデシュなど南アジアの低地で気温が30℃だったならば、チベットの気温は10℃を下回る。しかし、さすがに「氷点下62.8℃」まで低下することがあるだろうか。バングラデシュで気温がマイナス40℃になった場合のみチベットの気温がマイナス62℃となる。熱帯の南アジアでそういった状況は考えにくい。よって③は候補から外れる。

残った選択肢は①と②であるが、いずれも高緯度の寒冷地ではり、①は「島」であり沿岸部であることがわかり、②は「大陸内部」である。海陸の比熱差(海洋は暖まりにくく冷めにくい、陸地は暖まりやすく冷めやすい)を考えた場合、極端に気温が低下するのは大陸内部だろう。一方、周囲を海で囲まれた島ならば、北極圏だろうとそこまで気温は下がらないはずだ。②が正解となる。シベリア内部、北半球の寒極の光景と判断していいだろう。

問5 正解は②。

解答に困る問題。単に「その性質が他とは異なる」と言われても判断しにくい。

とりあえずそれぞれの風の特徴を。

①の赤城おろしは冬に関東地方に吹く北西風。季節風が日本列島を越え、乾いた風として山脈を吹き降りる。いわゆる「からっ風」。

②のシロッコは夏を中心とした時期にサハラ砂漠から地中海を越え、南ヨーロッパに至る風。海霧や湿気のある気候をもたらす。

③のボラは、冬にバルカン半島からアドリア海(イタリア半島の東側の海域)に吹き降りる乾いた冷たい風。

④のミストラルは、冬にローヌ川(フランス南東部の河川)を吹き降りる乾いた風。

以上より、①・③・④が「冬の乾いた北よりの寒風」であるので、仲間はずれは「夏の湿った南風」の②となる。

問6 正解は②。

ヒートアイランド現象が問われているが、それに関する知識が問われているわけではない。都心付近の気温が上がり、大気が膨張することで、局地的な「低気圧」が生じる。科学的な論拠に基づく問題。

<第2問;東北地方の自然環境>

問1 正解は③。

見にくい図だが、理解できるだろうか。CとDの部分が日本列島(東北地方)であり、AとBが日本海、Eが太平洋である。

東北地方で火山が多く分布するのは青森県津軽地方、秋田県、山形県などに奥羽山脈から日本海側の地域。岩木山や鳥海山など。③が正解。図からは判定できず、理論で考えるにも限界があるので、日本地理の知識が必要。

問2 正解は③。

海溝は、海洋プレートが大陸プレートの下にもぐり込む一帯に形成される。

問3 正解は③。

モレーンはっ氷河地形。氷河が侵食した土砂が氷河末端に堆積することで形成された、堤防状の小丘。日本では、日本アルプスのような3000mを越えるような標高の高い場所にのみそういった氷河地形はみられるが(氷河期に山岳氷河が存在した)、他ではみられない。北上高地はさほど標高は高くなく、氷河の影響はみられない。

問4 正解は①。

上空の偏西風によって流される。

問5 正解は④。

やませは太平洋側で夏に生じる地方風。太平洋を南下する寒流である千島海流の上の空気が、日本列島に吹き込む。この影響で宮城県など太平洋岸の米作地域では作物不良(冷害)に見舞われる。

<第3問;世界の農業。

問1 正解は②。

ヨーロッパに注目しよう。小麦の栽培北限は、スカンジナビア山脈の付け根、バルト海(ボスニア湾)の奥。

問2 正解は①。

焼畑農業は熱帯雨林で行われる伝統的な農業形態。家畜飼育は行われない。

問3 正解は③。

アメリカ合衆国カリフォルニア州、チリ中部など地中海性気候がみられる大陸西岸の中緯度地域では地中海式農業が行われているが、東岸ではそういった地域はない。

問4 正解はAが⑥、Bが④。

Aはシンガポールが最大の貿易相手であることからマレーシア。かつてマレーシアとシンガポールは一つの国であった。Xは天然ゴム。マレーシアは天然ゴムモノカルチャーの国だったが、プランテーション作物の多角化(油ヤシ)、鉱産資源の開発、工業化などにより、現在はモノカルチャーからは脱している。

Bは、冷戦時代にソ連との貿易がさかんだったので、社会主義国のキューバ。かつてはアメリカ合衆国の保護国であり、アメリカ資本によってサトウキビのプランテーションが開かれたが、革命によってそれらは国有化され、体制そのものも社会主義となった。ソ連崩壊後は独自の社会主義路線を進んだが、長く断交していたアメリカ合衆国とも2015年に国交回復した。Yは砂糖。現在はサトウキビの生産は減少し、ニッケル鉱石の産出と輸出が増加している。

問5 正解は④。

酪農地帯はニューイングランド地方(北東部)から五大湖周辺にかけて。かつて大陸氷河に覆われ土壌が削られたため農耕には適さず、牧草地となっている。この地域の州は「100ha未満」であり、最も狭い。

しかし、日本の1農家当たりの農地面積が数ha程度であることを考えると、いかにアメリカ合衆国の農場の規模が大きいかわかりますね。

<第4問;日本の工業>

問1 正解は④。

現在(といっても1992年だが)の値が大きいAが中部。自動車工業が発達する中京工業地帯(愛知県など)を有する。高度経済成長初期に最大だったBが近畿。戦前(1930年)には、日本最大の工業出荷額を誇っていたのが阪神工業地帯。繊維工業が当時の工業の中心だったことを考えよう。

CとDの比較は、Cの方がDより値が大きいことがポイント。高度経済成長期に臨海型の工業地域の特性を活かして鉄鋼業や石油化学工業が立地し、さらに広島では自動車工業も発達した。Cが瀬戸内工業地域。出荷額の小さいDは東北。近年、IC部品や電気機械など組立型の工場が進出するようになったが、他の地域に比べ工業は盛んではない。

問2 正解は⑤。

現代の日本において最も発達した工業種は機械工業。その中でも自動車など輸送用機械と並んで主力となるのは電気機械工業。

問3 正解は①。

1960年代を中心とした高度経済成長。本図においては、1955から75の間の時期とみていいだろう。いわゆる「三種の神器」と称される「3C」が各家庭に普及した。自動車(カー)、クーラー、カラーテレビである。高度経済成長の円熟期でもある60年代後半に大きく値を上げてきた

さてここで高度経済成長円熟期の1970年代前半における人々の生活を考えてみよう。かつてより各家庭に備えられていたものが冷蔵庫(これが4に該当)であるのに対し、カラーテレビが一家に一台まで普及してきた時代。75年の値が大きい2がカラーテレビ。そしてテレビが十分に国民の間に広まったため、その生産台数は減少するが、それと反するように1980年代の後半から一気に普及したものがビデオとなる。テレビとビデオの延べ生産台数がほぼ同じとなるのはなんとなく納得できるんじゃないかな。残った3が電子レンジで、こちらはテレビやビデオほどには各家庭に必須というわけでもなかったのだろう(あくまで当時は、といった感じだが)。

問4 正解は④。

「全総」と略される全国総合開発計画は現在の課程では出題されないので、本問は無視していい。一応参考までに。

・全総(1960年代前半)・・・新産業都市、工業整備特別地域の指定。

・二全総(1960年代後半)・・・苫小牧や志布志湾など北海道、九州地域の工業化。新幹線など交通ネットワーク整備。

・三全総(1970年代)・・・地方の工業化。定住圏構想。

・四全総(1980年代)・・・多極分散型の国土づくり。

・五全総(1990年代)・・・首都機能移転。

いずれも大きな効果は挙げず、現在の日本社会に与えられた影響は小さい。

<第5問;新旧の地形図比較>

問1 正解は②。

条里制は奈良時代(古代)の計画的集落だが、地名に「条」や「里」がみられるという特徴がある。本図にはそういった地名はない。

①;北西部に「丘陵」が広がる(地図アがわかりやすいだろう)。現在は「学校前」付近を中心に家屋が増えている。

③;中央に「東洋製罐」の工場。図の南北を縦断する送電線もつくられている(「小金井」から「柏東」、「曲輪」方面)。

④;広い範囲に「田」が広がる。北東部の「古名新田」付近には畑(正しくは「畑・牧草地」の地図記号だが、日本に牧草地は少ないので畑とみていいだろう)、南部の「前河内」、南西部の「柏東」付近には「桑畑」がみられる。

問2 正解は②。

地形図の縮尺は5万分の1(問題文に示されている)。P〜Qは4cmであるので、計算し2000mとなる。

問3 正解は

「新田」という地名がみられる。これは江戸時代(近世)の計画的集落に特有のもの。

他の選択肢では③が重要。明治時代(近代)の計画的集落である北海道の屯田兵村。「北一号」や「西二線」など方位と数字を組み合わせた名称の道路が周辺にみられるという特徴がある。

①と④はノーチェンク。

問4 

周囲を水田に囲まれた中に、列状に家屋が並んでいるのがわかるだろうか。さらに家屋に隣接するように畑と桑畑もあり、この帯状の地域が周辺の地形よりやや盛り上がっていることを想像しよう。これは自然堤防である。河川に沿った、やや目の粗い土砂からなる微高地。洪水時などに流出した土砂が河川に沿って帯状に堆積することによって形成された地形で、高燥であるため畑や樹林、さらに浸水被害を避けやすいため家屋が自然発生する(形状は列村)。

本図においては河川が確認できないが、おそらく図の南側をX〜Yと並行して流れる河川があるのだろう(図の南西を、北西から南東に向かって流れる市野川という河川があるが、これが図の外側で東に向きを変え、さらに北東に流れているとみられる。図の南東端に少しだけ顔を出している湾曲した河川へと接続していると考えて妥当)。

①;後背湿地は河川からみて、自然堤防の背後に広がる低地で、水田として利用されやすい。本図の場合、(図の南側を西から東に河川が流れているとすれば)久保田や登戸の一帯が後背湿地に該当する。

③;扇状地は緩い斜面である。X—Y周辺には等高線がみられない。

④;段丘面は河岸段丘の平坦面。河岸段丘は河川に沿う階段状の地形であり、段丘面と段丘崖の組み合わせからなる。段丘崖を表わす等高線を伴う。

問5 正解は①。

「中世土豪」がキーワード。中世とは平安から戦国までの時代のことで、日本は戦乱に明け暮れた。人々は敵の攻撃に備え、防御に適した山間部などに集落をつくった。

<第6問;世界の独立国>

問1 正解は④。

南アジアは第二次世界大戦時までイギリスの植民地だったが、戦後独立。

東南アジアやアフリカのほとんどの地域もやはり欧米に植民地化されていたが、タイは独立を維持し、エジプトとリベリアは戦争の前に独立している。

問2 正解は①。

1990年代の初頭であるので、ソ連の崩壊を考えるのが妥当。ソ連が解体され、15の国が分離独立した。同じ時期にユーゴスラビアも連邦を解消し、多くの国が生まれている。

問3 正解は②。

①;ほとんどの国が国連に加盟している。永世中立のスイスやオーストリアも同様。現在、国連未加盟はバチカン市国やコソボなど。

②;韓国と北朝鮮も遅れて国連に加盟。相互に外交関係も樹立された。

③;日本は北朝鮮については国家として認めておらず、国交もない。

④;中国返還前はイギリスの植民地。もちろん国連に独自に加盟していたということはない。

問4 正解は①。

国境は、①は経線、②は山脈、③と④は河川。

問5 正解は④。

1970年代に経済水域(漁業専管水域)が設定された。沿岸より200カイリ以内の海域では鉱産資源の開発や漁獲が独占的に行われる(他の国との間隔が狭く、200カイリ経済水域が重なり合ってしまう場合には条約によりその範囲が規定される)。

<第7問;オセアニア>

問1 正解は①。

わかりにくい問題だが、消去法で考えればいいだろう。

②では後ろに村落がみられるが、オーストラリアの牧場は極めて規模が大きいので、人々の居住地からは離れている。③はアフリカ系の人々による伝統的な牧業の様子。④では背後に険しい山岳がみられるが、新期造山帯の地形がないオーストラリアではこのような地形は存在しない。

問2 正解は②。

①;古期造山帯。

②;暖流が流れる暖かい海域で、グレートバリアリーフが発達。

③;ニュージーランド南島の南部にはフィヨルドが発達するが、水力発電を利用したアルミニウム工業がややみられる程度。造船業はさかんではない。

④;北島の中央部は火山もみられる山岳地域。ニュージーランドの穀倉地帯は、南島東岸の中央部。クライストチャーチ周辺ではやや降水量の少ない気候を利用して、小麦の栽培と羊の飼育が行われている。

問3 正解は④。

オーストラリアで企業的に放牧されている羊や牛の家畜は、ヨーロッパなどから持ち込まれた外来種である(そのため、島内の固有の生態系が破壊されてしまうという問題も生じた)。また、先住民のアボリジニーは狩猟・採集を生業とし、農業や牧畜は行われなかった。

問4 正解は④。

まず①はタイである。東南アジアの米作国であり都市人口比率が低い。また国内の大都市もバンコクだけである。

さらに③はチリ。一般に発展途上国は都市人口比率が低いのだが、ラテンアメリカ地域は例外。移民が建設した都市を中心に発達してきたため、都市に居住する人々の割合が高い。しかし、大都市の数は限られ、首都のサンティアゴに人口やさまざまな機能が集中する(プライメイトシティ)。

残った②と④はいずれも都市人口比率が高く、第1次産業割合が低い先進国であるが、人口を考えた場合、3億人のアメリカ合衆国に対し、オーストラリアは2000万人。大都市が多い②がアメリカ合衆国、④がオーストラリア。

問5 正解は③。

ともに環太平洋地域との経済交流を活発化させてきた。現在は両国に加え、中国とも貿易もさかんになっている。

①;かつてオーストラリアでは白豪政策によってアジア系の移民が制限されていたものの、現在は撤廃されており、ニュージーランドも含め、このような差別的政策は行われていない。

②;ニュージーランドは鉱産資源に乏しい。

④;いずれもイギリス連邦に加盟し、形式上、元首はイギリス国王である。

問6 正解は④。

①;インドネシアは該当しない。

②・③;イギリスの植民地だったところが多く、キリスト教や現地の伝統的宗教が信仰されている。言語も、固有の言語あるいは英語が多く公用語とされている。

④;オーストラリアのアボリジニー、ニュージーランドのマオリ、ともに迫害によって大きく人口を減じた歴史があるが、現在は保護され、増加傾向にある。ただし、伝統的な生活を送るものは少なく、多くは都市に居住している。

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